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4-4

 シンプルな机と本棚、作り付けのクローゼットの扉は壁の一面を使っている。
 ダブルのベッドの上には数冊の本が置かれており、目立つ特徴もないのに部屋は悠介らしさを感じる。

 悠介の寝室。私室とここには入った事がなく、朱里は物珍し気に部屋を見回した。

「面白いものでもある?」

 くすくすと笑いながら悠介はベッドに朱里を下ろす。
 そのまま跨るように手と膝を付き、啄むような口付けを落とした。

「……病院、戻らなきゃ」

 応えながらも理性を保とうとする朱里に悠介は小さく笑い、そんな理性など捨ててしまえとばかりに唇を滑らせる。

「明日の昼までには送って行くよ。連絡なら遥人がしてる。……明日、二人で怒られようか」
「うん……」

 床に落とされる服の音。柔らかく触れられる手が壊れ物を扱うようで、朱里の眦を涙が伝う。
 死んでしまったと思っていた心がどうしようもない程に震えていた。

「……朱里?」

 戸惑う声に笑みを浮かべ、朱里は自分から悠介を引き寄せて口付けた。
 舌をねだるような官能的なそれに、悠介の笑みが深まる。
 求め求められ、重なる二人の熱は溶け合うような錯覚さえ起こしていた。






「あ…ぅうんっ」

 背を反らすようにさらけ出された白い咽を悠介の舌が滑る。
 翻弄され続ける朱里の肌は上気し、引き締まった腕に縋る事しか出来ない。

 悠介の言葉は伊達ではなかった。
 薬や道具などに頼る必要のない男だと、貫かれながら考える自分が可笑しい。
 否、そうとでも考えていないと、意識の全てを持っていかれそうで怖かった。

「……考え事?」

 耳に舌を差し込まれながらの囁きは、震えるような快感を誘う。
 朱里が締めつけるのにも構わず、悠介は動きを止めず強弱をつけてゆっくりと彼女を味わう。
 肉食獣のように、男を匂わせる瞳に反して動きは酷く優しい。
 朱里に負担をかけまいとしているのが分かる程のそれは、彼女が震える場所を違えずに捉えていた。

「もう…んぁっ、あぁっ」

 限界を訴える声と表情に悠介の動きが増す。
 朱里の高まりを押し上げ、自らも果てを目指して。






「……離せなくなるって、分かってたけど」
「ん……」

 参ったなと呟くと悠介は汗で張り付いた朱里の前髪を撫で上げる。
 無茶をしたくない等と云う建前は、綺麗に消え失せてしまった。
 配慮はしたつもりだが、体力を使い果たしたように朱里はとろんとした目を悠介に向けている。

「病院にも帰したくなくなってる」
        悠介さん」

 不意に伸ばされた手。悠介が顔を近付けると、両腕がその首に巻きつく。
 体を起こす事も辛いらしい。身を寄せてやると浅く息を吐いた。

「信じないでね」

 目を伏せたまま、朱里は額を悠介の頬に付ける。

「もう逃げたくないって何度も思ったけど、いつかまた逃げ出すかもしれない。私を信じたら、また傷付くかも」

 何度逃げれば変われるのだろう。気が付けば同じ事を繰り返している。
 何度も、もう逃げたくないと繰り返し思って来た。
 こうして悠介に満たされた今、再びまた傷付けるのではないかと恐れが込み上げる。

「逃げる事が前提?」

 悠介が小さく笑う。
 困ったものだ、と。そんなものを怖れていたら何も出来ない。
 どうやらこの傷はちょっとやそっとでは癒されないらしい。だが、それに邪魔などさせない。
 心から安堵できるまで付き合うまでだ。

「逃げたくなったら逃げればいい。その度に追いかけるし、捕まえる」
「そんなの……」
「まあ、逃げたいなんて考えられないくらい幸せになる方向が有難いけど」

 一転して明るく云われ、朱里の頬が緩む。
 悠介に云われると本当にそうなりそうな気がするのが不思議だった。そうなればいいと思う。

「飽きるくらい一緒にいれば、いつかは信じられる。朱里が信じない分俺が信じてるから大丈夫」
「……だから、信じないでって云ってるのに」
「無理。俺は自分も朱里も信じてるから」

 大きな掌が背中を擦るように動く。
 包まれる安堵感に、朱里はゆっくりと目を閉じた。

 飽きるくらい一緒にいれば。その言葉がいつまでも耳に残っていた。  

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