「今日も大人気だったって?」
揶揄うような声音に朱里はタオルに隠れていた目を上げる。
フロ上がりのビールは既にテーブルにセッティングされていて、先に浴室から出ていた悠介がソファでにやにやと笑っていた。
「何が?」
隣に座るとタオルを取られ、そのまま髪が擦られる。
水分を吸い取るようにゆっくりとした動きが気持ちいい。
「この前は浩さんと敏郎さんだったし、今日は将人さんと卓に遥人? 皆忙しいっていうのは口だけなのかね」
「息抜きでしょ」
タオルが取られ、代わりに目の前に現れたグラスを受け取り朱里は悠介の持つそれにカチンと縁を合わせると小首を傾げた。
「何で知ってるの? まあ、遥人さんが来てたのは当たってたけど」
「朱里が着替えてる間にマスターが教えてくれた。朱里目当ての客も増えてるしおかげで売り上げも伸びてるって…あれは、俺を煽って楽しんでるよね」
「私目当てねえ。別にそんな感じないけど」
「だから、俺にやきもち妬かせたいんだって」
マスターの思惑は分かっている。
朱里が『mary』で働き始めて五年。何の障害もなく一緒に暮らしているというのに、未だ籍も入れずにいる自分達に焦れているのだろう。
マスターだけではない。周り中からいい加減に決めろという無言の圧力まで感じる時がある。
だが、それが分かっていてもまだ動かない。自分達だけが分かっていればいい、そう思う。
とは云え、本当ならば独占したい朱里をそうは出来ない矛盾もあって、悠介としては多少面白くなさがある事も否定出来ない。
グラスを朱里の空いた手に渡すと問い返される前に膝の上に抱え上げる。
背後から抱き締めるように腕を回し、首筋に鼻を埋めると朱里が好んでいるボディソープの香りが仄かにする。啄ばむように唇を動かすと、音を立てて淡く色付いていく。
「ちょ……悠介さん?」
両手にグラスを持ったまま抵抗出来ない朱里は軽く身を捩るが、それで上がった頤に下から口付けられるとふるりと躰を震わせた。
「感じた……?」
「もう、莫迦」
横目で睨まれるが、そんな視線も頬を染めていては悦んでいるようにしか見えない。
悠介は指を滑らせて朱里の柔らかい肌をなぞる。
「ほら、飲まないと零れるよ」
「そんな事してたら飲めるわけ…ぁんっ」
「そう?」
するりと挿し込まれた指がくちゅりと音を立てる。
胸を掬い上げるように揉みながら頂を捏ねる指と下着に忍び込んだ手、そしてまるで枷のように持たされたグラス。
自由になる足を折り快感を流そうとすると背中を囲う悠介に身を預けるかたちになる。寄りかかった拍子に腰に当たるのは、熱く昂った悠介自身。
「……悠介、さん」
「いいから、ほら……感じてて」
いつの間にか肌蹴られた胸元を身を乗り出すように舐め上げられ、ソファに落とされた体を起こす間もなくグラスが手から消えた。
天井からの光を背から受け逆光で表情は見えなかったが、悠介の瞳には熱が灯っている。それを確かめたいと思った朱里だったが、下腹に彼の息遣いを感じた瞬間自らに入り込む生温かい舌の動きに意識を奪い取られる。
「……やっ、…ぁあっ」
緩く速く、強く弱く、柔らかく宥めるように舐められたかと思うと硬く尖らせた舌先に深く穿たれる。その間も長い指と大きな掌は朱里の感じる場所を愛撫し続けていた。
白旗を揚げなくては、意識が飛ぶまで続けられる。
ここまで悠介が一方的に、しかも急速に朱里を求める事は多くない。しかもこんな風に自身を与えずに朱里の快楽だけを引き出すような時は朱里が啼こうと潮を吹こうと止まらない。
そんな時に彼が欲しがっているものを、朱里は知っている。
「んぅ…あ、ぁあっ…あああっ」
「……可愛いね、朱里」
波打つように脈動する中を分け進む指。噛むように唇を啄ばまれ、朱里は悠介の頭を抱き寄せるように腕を回す。
悪戯な口を戒めるように吸い、舌を差し出せば彼もまた応えそれを絡め取る。
指などに意識がいかないほど口内で絡み合い、ゆっくりと離れるとようやく視線が合う。
切れ長な瞳に唇を寄せ、伏せられた瞼に口付けながら朱里は囁く。
「ベッド、行こ?」
乱れた姿のままの朱里を抱え上げ、悠介はリビングを出る。
二つ目のドアは二人の寝室で、灯りをつけないままベッドに下ろされた朱里は悠介が離れる前にそのズボンへと手を伸ばした。
ベッドに身を屈め、立ったままの悠介の昂りを取り出すと舌を這わせる。
柔らかな舌遣いで丁寧に舐め上げ、固くした先で筋を辿る。舌で鈴を転がすように袋を弄び、吸い込むように口内全体と手を使って扱く。
朱里の髪を掴むように、悠介の手が頭に添えられる。声が漏れ、息を詰め堪えているのが分かった。
咽奥まで咥え込み大きく動けば、質量を増したそれが捌け口を求めているのを感じる。
一度口を引き、先走りを舐めるように舌を差し込んで弄り、音を立てて吸い上げながら強弱をつけて固く太い幹を指で刺激する。
「…くっ」
頭上から声が漏れるのと、口内に苦味が勢いよく広がるのはほぼ同時だった。
咥えたそれが脈動し終えるのを少し待ち、余さず吸い取るように飲み込む朱里の体がころんと転がされる。
目を上げると、悠介が苦笑していた。
「……いきなり返し、とか?」
てへ、と笑って見せる朱里の口許は光っている。
可愛いと云うよりは妖しい、と悠介には見えた。
「参った。上手過ぎだって」
「お互い様」
朱里の横に体を横たえ、頬に触れた悠介は朱里の鼻に自分のそれを触れさせる。
「……いつ覚えたのか、とか嫉妬してる自分が莫迦みたいだ」
「それもお互い様。……今の悠介さんのエッチなとこ、見るの私だけでしょ?」
朱里がいつか逃げ出すかもしれない自分を恐れているように、悠介もいつか束縛して全てから隔離してしまうかもしれない自分を恐れている。それに朱里が気付いたのはいつだっただろうか。
それでも、六年前に云ってくれたようにただ傍にいるという姿勢を続けてくれている。そう思うと堪らなく愛しくなる。
その愛情にどう返せばいいのか考えた時、答えは一つしかなかった。
「 朱里だけだよ」
「私も悠介さんだけ。愛してる」
近すぎて焦点の合わない瞳で見つめあいながら、唇が重なる。
互いだけ、愛していると囁きあいながら。
「……口も最高だけど、中に入りたい」
耳を弄られながら囁かれれば、腰に押し付けられた悠介の昂りが熱をもって固くなっているのが分かった。
しかも既に準備が整えられている。
「いつの間に……」
もうずっとピルは飲んでいない。薬を飲むのも厭だったし、必要を感じなかった。
当たり前のように準備をしてくれる、そんな当たり前の事が朱里には酷く嬉しい。
「いつかは生でするけどね。それまでは早業を披露するって事で」
茶化すように嘯きながらも悠介は朱里の足を抱え上げ、腰を進めていた。
一度これ以上ないほど深く繋がり、小さく揺すりながら朱里の反応を見つつ角度を変え抜き挿しを始める。
「ぁあっ…あっ、待っ」
「ここ?」
ビクンと朱里の体が揺れた箇所を擦り、胸や腹に口付けを落とすのに身を寄せると違う角度から更に抉られた朱里の口から嬌声が上がる。
リビングで一度達した躰はまだ刺激を忘れていない。
一気に熱が上がるのもすぐだった。
中が強く収縮し、そこを掻き分けるように腰を動かす悠介の額から汗が落ちる。
「朱里、好きだよ」
「……んぅっ、好きっ…ぃいっ」
身を屈めた悠介の背中にしがみ付くように、朱里が爪を立てる。
濡れた瞳は悠介だけを映している。そう思うと朱里の中で己が更に昂るのが分かった。
強弱をつけて腰を動かせば、合わせるように朱里の腰も揺れた。
「ゆ…んんっ、離しちゃ…や」
「離さない。ずっと一緒だよ」
舌で唇を突付けば、求めるように吸い付いてくる。
意識を飛ばしたも同然になった朱里がこうして夢中になって自分だけだと縋ってくる事を、恐らく彼女自身は知らない。それが、何よりも悠介に安堵と喜びをもたらしている事も。
朱里が自分の欲を受け止めるだけではなく自分からも与えようとする事で、悠介の裡で燻る執着への不安を互いに持つ情欲だと伝えたがっている事には気付いていた。
欲しているのは、束縛したがっているのは己だけではない。そう言葉ではなく体すべてで云ってくれる彼女が愛しくて仕方がない。
ましてや理性の殻を溶かし、彼女の意識にすら頼らない言葉であれば尚更。
「愛し…る、悠介さん、だけなの」
「知ってる。俺も朱里だけだ」
「ぃいっ……あっ、あぁんっ、んんっ」
言葉が言葉を成さなくなりだした朱里に軽く口付けると悠介は彼女の腰を掴む。
「朱里、いくよ?」
「ん…ぁあっ」
強く深く打ち付けるように動けば、もう朱里は動きに合わせて喘ぐ事しか出来ない。
「あっ、あぁんっ、あああっ」
「……っ」
同時に達し、力の抜けた朱里の体を悠介は愛し気に抱き締める。
心も体も満たされる、その体感は図りようもない程の幸福感だった。
「続きは後でか明日の朝、かな」
手早く後処理をし、朱里を腕に抱きながらその寝顔を見つめる。
朱里が聞けば眉を顰めそうな言葉だったが、実際それがいつもの事なのだから仕方がない。
抱けば抱くほど愛しくなり、すぐにまた欲しくなる。
その上、今夜は時折酷く欲しくなる言葉も十分に聞けた。
これさえ聞ければ何年でもこのままでいられる。
すり、と朱里が身を寄せて来る。
それに小さく笑いを零して、悠介も目を閉じる。
この上なく、いい夢が見られそうだった 。