思えば四年前のクリスマス、サンタが私にくれたプレゼントは大きかった。
ずっと独りだったわけじゃないけれど、きっと淋しかったのも本当で。
爽やかな笑顔でちょっと強引な男は、驚くほどあっという間に私の心に入り込んだ。
人生最大のプレゼント。
サンタを信じない子どもだった私の所に最後にサンタがやって来たのは小学生の頃で、その後のツケでも払ってくれたかのようなそれは少し大き過ぎた。
だからきっと大きな分だけ有効期限なんてのもあったのかもしれない。
……賞味期限は半年って。
とっちらかって来た自分の思考に思わず苦笑する。
そうか。と云う事は、期限内は美味しく頂いちゃった事だし仕方がないのか。
どうせならサンタさん、またいい男をプレゼントして下さい。
ただし有効期限は無期限って方向で。
ヤケクソ気味に見上げた空はやはり星が見えていて。
「……雪、降らないかなあ」
我ながらよく覚えている。そんな言葉で始まったんだった。
「「雪、好きなんですか?」なんてね。……え?」
耳に届いた自分の声が変わったんじゃない。今、確かに声が被った。
真っ白になった頭は振り向く指令を体に送れない。ポカンと開いたままの口を閉じる事も忘れた。
「ごめんなさい。驚かせちゃいました?」
続けられるあの時の言葉。
「 何でそんなの覚えてるの」
振り返って人違いだったらショックで死ねる。
そう思える程固まってしまった体は動かない。
「だってあの日、ようやくカナエさんに声がかけられたんです。神様ありがとうとまで思ったのに、忘れられませんよ」
後ろから肩を抱きこまれて、その重みに本物だと感じた。
「……何でここにいるの。写真でも届けに来た?」
「いじめないで下さい。忘れられたくなくて必死だんたんですから」
声も。頬に触る髪も、微かな香りも変わらない。
鼻奥がツンと痛んだけれどそれを無視して、腕を振り解き勢いづけて振り返る。
私がどうするのか想像していたんだろうか。
缶コーヒーを地面に落とした右手を私が振り上げても、道篤くんは表情を変えなかった。
「 遅い!」
渾身の平手打ちは見事にクリーンヒット。
派手な音は私自身が体を竦ませたくなる程だった。
「……ごめんなさい」
項垂れた道篤くんの表情は叱られた犬のように情けないもので、赤くなった頬を擦りもしない。
いきなり殴られたんだから、少しは文句でも云えばいいのに。
無言のまま右手を伸ばして道篤くんのコートの襟元を鷲掴みにする。
思い切り引き寄せながら額を胸に強くぶつけるように押し付ける。
ゆっくりと背中を囲う腕。
私達の間にはベンチの背があって、ベンチに膝をついた私と立ったままの道篤くんでは高さの差がありすぎたけれど、覆い被さるように抱き締められて上からの重みが現実なんだと教えてくれる。
「カナエさん、ただいま」
「……おかえり」
すんと洟を啜ったら、手の平で頬を擦られた。
泣かないでと眦にキスされて、その感触に更に泣きたくなる。
泣くつもりなんてない。けれどあまりにも久し振り過ぎて、止め方が分からない。
頬や額、顔のあちこちに唇が降ってきて、もうそれ泣ける原因だからと顔を押し返すと「ダメです」と更にキスされる。
うわ、もう。久し振りの甘い男は結構心臓に悪い。
離れた顔と視線が合って、もう一度唇が降りてくる。
そっと唇を撫でられて目を閉じようとして 見えたものにびっくりした。
「…んぅんんっ」
唇を塞がれたまま喋ろうとして失敗に終わる。
開けた口は当然のように道篤くんの舌に攻略されて、息が熱くて一気に頭が痺れるともうされるがままで。
「…まっ、て。ねぇっ……っ…」
「無理です。キスしかしないから、黙って」
キスしかって、ここがどこか考えたら十分過ぎる。
そんな抗議を考えたのも一瞬で、道篤くんを受け止めるのに夢中になっていく私がいる。
「……やっと逢えた」
そんな微かな呟きが耳を掠めたのは、どのくらい経ってからだろう。
おかげ様で私はベンチにへたり込み、道篤くんの腕にしっかりと囲われていた。
「カナエさん? 大丈夫ですか?」
先刻の小さかった呟きとは全く違う明るさで、道篤くんは私の顔を覗き込む。
……大丈夫な訳ない。
「すみません。なんか我慢出来なくて」
「ん」
ぎゅっとコートの腕を握り締めると、ふふっという笑い声が返ってくる。
もう、表情が蕩けそう。
「 じゃなくて」
「はい?」
そう、キスに誤魔化されてしまったけれど、そんな場合じゃない。
道篤くんの顎を掴んでぐいっと右を向かせる。
……ちょっと、ひどいんですけど。
「ごめん、すごい腫れてる」
「ああ」
これですか、なんて呑気に笑っていないで欲しい。
先刻殴ったんだから、信じられないけれど私のせいだろう。
腫れあがる程の力を込めたつもりは…あったかな。思い切りではあったけど。
「違いますよ。さすがにカナエさんに殴られてここまで腫れたら俺が情けないです」
「だって、本当に腫れてるよ」
「うん、まあ。そっか、冷やさなきゃマズいですよね」
「痛くないの?」
「痛いですよ。でも口の中も切れていませんから大丈夫です」
よく分からないまま取り敢えず手袋を脱いで手を頬に当てると、腫れた頬が熱をもっているのが分かった。
気持ちいい、なんて道篤くんはにっこり笑うと足元にあった買い物袋を手にとって、反対の手で私の手を握る。
「じゃあ、帰りましょうか。鍋の準備をしておきましたからすぐ食べれますよ」
「……え?」
手を牽かれて歩きながら思わず聞き返す。
私の部屋の鍵、置いて行ったよね?
「説明は後でゆっくりします。いいから帰りましょう」
腰の低い強引さは健在。
にこにこ促されると、まあいいかとなってしまう私も相変わらずで。
くすぐったさに頬が緩んで仕方がなかった。