快晴の空の下、時期外れな墓地は人がいなくて静かだった。
道篤くんは東京に帰って来てから、両親が眠るここによく私を誘う。
帰って来た直後、お正月、両親の誕生日。
今日は私の誕生日で、夜にお祝いをする前にご両親にお礼を云いに行きたいと云った。
「……ねえ、何でお礼?」
花を挿しながら聞くと、水を掛けていた道篤くんは聞いた事が意外とでもいうような顔をする。
「当然でしょう。カナエさんを産んでもらわなかったら、俺はカナエさんに逢えてないんだから」
……相変わらず、さらりと甘い事を云ってくれるなあ、もう。
「それと、次の誕生日までまた一緒にいますっていう確認かな」
「わざわざ?」
「そう、わざわざ。ってつもりはないですけどね。安心してもらいたいじゃないですか」
線香の束に火をつけると白檀の香りが流れる。
道篤くんは、手を合わせて長い時間目を閉じていた。
「カナエさんの話を聞いていて、俺もカナエさんのご両親が好きだなあって思うんですよ。一度信頼を裏切っていますから、心配させていると申し訳ないです」
「……大丈夫だと思うけど」
私はすっかり消化してしまったのだけれど、道篤くんはまだ後悔を引き摺っている。
こればかりは時間が解決するのを待つしかない。そう、私以上に道篤くんの性格を知っている忍さんにも云われていた。
きっと実家のご両親にどうしても歩み寄れない分、私の両親に何かしたくてならないのかもしれない。
残念ながら二人とも亡くなっているから、それを喜んだりお返ししてあげる事は出来ないけれど。
「あとね、今日はお二人にお願いがあって」
上っていく煙を眺めていたら、道篤くんが静かに云った。
私じゃなくて、両親に。
何だろうと思っていると、柔らかく手を握られる。
「カナエさんをください。一生大切にします」
目線は墓石で。
きゅっと込められる力だけが私に向けられていた。
「……まずは私に云ってよ」
「許可をもらわないと、不安で云えません」
「それは代弁可?」
「返事によっては」
弱気なんだか強気なんだか分からない答えに、思わず笑ってしまう。
否と云う訳がない。
これ程大切にされていて、反対される筈がないでしょう。
「じゃあ、代弁。末永く、よろしくお願いします」
「……カナエさんの返事は?」
「私にも道篤くんをください。一生大切にします」
お返しに云った言葉は、私達には合っていると思う。
大事にされるだけじゃなくて、弱い部分を持っているこの人を私も大切にしていくと言葉にして約束したかった。
そのままぎゅうっと抱き締められて、唇を塞がれる。
……ちょっと、ここ両親の前なんですけどっ。
「立会人の前でのキスは当然でしょう」
「だからって……っ」
頬が熱くなる。誓いのキスですよなんて云われて、急に実感してしまった。
プロポーズされたんだ。
「今晩は忍さんがお祝いをしてくれるそうですよ」
「……何の」
まさか誕生日じゃないよね、このタイミング。
忍さんに話してあるのかと聞くと、道篤くんはにっこりと笑った。
先に? とちょっと問い詰めようかと思ったけれど、その笑顔に弱いんだってば。
「そろそろかなって俺が考えてたのはお見通しだったみたいです。脈絡もなく、決めたら夜は連れて来いって云われました」
「……忍さんらしい」
それであの顔で見送られた意味が分かった。
まったく。勘付かせもしないんだから、いい男すぎて笑えない。
「忍さんはカナエさんを気に入ってますからね。俺の奥さんって事は忍さんの義妹みたいなものですし、喜んでくれてるんですよ」
「お兄ちゃんねえ」
あっという間に遠慮なくぶつかり合えるような関係になった彼が、兄。
かなり悪くないんじゃない、それは。
ついこの前まで独りぼっちだったのに、家族が出来るなんて不思議な感じがする。
全部、道篤くんと出会えたおかげなのが嬉しい。
「カナエさん、行きましょうか」
手を差し伸べられて、それを握り返す。
ゆっくりと合わせてくれる歩調で、肩を並べて。
これからもずっとずっと一緒なのだと、温かな手の平が云ってくれている気がした。
*** Fin ***