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1.

 この時期商店街を一人で歩くのは少し切ない。
 これでもかと云うようにクリスマス・ソングは耳に送り込まれて来て、そのイベントに参加しないのは間違っているのだと囁いているようだ。

 女同士で集まるのも悪くはないけれど、職場はその女の巣窟。
 休暇の奪い合いを放棄した私は、例年準夜勤か深夜勤で。
 元々イベント事には乗り気な方ではなく、それが原因で別れた男もいたようないなかったような。
 何故年に何度も国民総出で同じ日にいちゃつかなければならないのか。
 ケーキにキャンドル、食事に指輪。ワインでほろ酔いホテルにお泊り。
 悪いとは云わないけれど、それで頬を染める性質ではない。

 そう云えば、日勤のクリスマスイブなんて何年振りだろう。
 しかも明日は休みだなんて、神様何のご褒美ですか。
 ……別に頼んでいませんが。

 帰る実家もなければ家族も恋人もいない。友達は考えるまでもなく彼氏優先。
 虚しい事この上ないわとワンカップ片手に公園のベンチでツリーを見上げる二十四歳性別女は、オヤジに分類されても唱える異議はない。

「……雪、降らないかなあ」

 ああ、降ったらこのままここにいるのはヤバいか。
 何て思い描いた景色はどうせ東京では叶う筈もなく、ホワイトクリスマスだったなら外で一杯なんて、喩え熱燗を片手にしていたとしても凍死ものだろうかと思わず笑ってしまう。

 仕事の帰り道にいつも横切る公園には中央に大きな樹が植えられていて、世間でちらほらとクリスマス色が顔を出す頃クリスマスツリーへと変身する。
 この冬の最中に腰を据えてそれを眺めるだなんて、昼間くらいしか考えもしないだろう。
 けれどマンションからも見えるツリーは、控えめながらも終電帰りの人が通り過ぎるだろう時間までしっかりと灯りを保っていて。
 しっかり着込んでそれを見上げながら酒を飲むのも悪くない。
 そんな事を思い付いたのは十二月に入って直ぐだっただろうか。

 実際やってみると、もこもこに着込んだ中の使い捨てカイロは意外と威力を発揮して、沢山装備しすぎたかもなんて思う程。
 顔なじみのコンビニでホカホカおでんを買うついでに温めたワンカップまでおまけに付けてもらって、結構満喫していたりする。
 外でビールは寒すぎだろうって、おじさん鋭すぎ。追加は買うからまた来るねっと手を振った私を見守る目は温(ぬる)かった。
 …まあ、風邪ひいた時とかパジャマに上着でふらふら買い物に行けるような、商店に毛がはえたコンビニですが。
 あれはもう、しょうがない娘を見守る眼差しってヤツだよね。

「雪、好きなんですか?」

 ものすごい至近距離から声がして、すこんと手からワンカップが落ちた。 
 土の上の転がったそれはまだ結構中身が残っていて。
 足元から上がる湯気は安い日本酒の匂い。

「ごめんなさい。驚かせちゃいました?」

 手のカタチもそのままに固まっていたら、軽い声。
 うわ、私の糧が…!
 弁償しろよこのヤロウ。おまけだったのにも関わらず思わず文句を云おうと顔を上げると、ベンチの背に凭れた腕に顎を乗せた爽やか青年の顔が目の前にあった。 

「ここのツリー立派ですもんねえ。気持ち分かるなあ」

 ……分かるのか。
 まだ夜も早い時間に、公園でツリー見上げてワンカップを呑む女の気持ちが。
 自分でも気が知れないっていうのに。

「でも、ちょっと寒くありません?」

 そう云う青年と私の息は白い。

「潮路さん、聞いてます?」

 反応しきれずに固まったまま凝視する私を覗き込む青年の口から出たのは、私の名前。
 何で? ひょっとして患者? だとしたらワンカップは拙いでしょう。
 白衣の天使的にピンチじゃね?

「あー、やっぱり認識されてなかったか」

 青年はがくりと肩を落とすと、硬直した私に向かって気を取り直したようににこりと笑った。
 ……あ、結構カワイイ。

「松田と云います。マンションのエレベーターで何度も挨拶してますよ」

 記憶にない。
 と云うか、マンションのエレベーターなんて行き会えば住人同士挨拶くらいは…住人?

「そうそう。俺、潮路さんの上の部屋に住んでます。あ、名前はポストで一緒になった時に知っただけでストーカーはしてません」

 にこにこと笑う青年、心の中でも読めるのか。
 確かに集合ポストは縦に階違いで並んでいるので嘘ではないだろうけれど。
 で、何でここで話しかけられるのかがよく分からない。
 しかも松田青年、ベンチに座り込んじゃったよ。

「潮路さん、今夜のご予定は?」
「……あったらここで一人酒はしてません」

 その酒もこぼれてただのツリー見物だけどねっ
 などと多少態度悪いかなあと思いつつの言葉にも、松田青年は朗らかに笑う。

「俺もフラれちゃったんですよねー。今夜は鍋だって云ったのが悪かったのかな」

 俺もって。もって何。フラれ組決定なのか。
 ……まあ、予定も入らなかった私に、否定する権利はありませんが。

「イブに鍋。別に悪くないんじゃないですか」
「ですよねー」

 相手にもよるでしょうけど。
 私は用意するプランで相手を決める女を知っている。
 世の中そんなに甘くないよ。ああいう女には甘いらしいけど。

「という事で、二人分には少し多いくらいの材料があるんですが、どうですか?」
「は?」
「しかも今我が家には、上司からくすねて来た名酒『十四代』があります」

 ……既に酒でつられると見切られているのか。
 『十四代』は確かに魅力で。だって暫く店でもお目にかかってないよ。

        何鍋ですか」
「鴨鍋のつもりですが」
「………お邪魔します」

 天国のお父さんお母さん、貴方の娘は胃袋に正直です。
 そんな懺悔もそこそこに、気付けば松田青年のにっこりとした笑みに促されて立ち上がっていた。

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