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3.

「んー、ちょっと呑みすぎた……」

 日本酒じゃ止まらずに洋酒も出てきた気がする。
 よくまあ、自分のベッドに辿り着けたもんだわ。
 と云っても一階下に降りるだけなので、泥酔寸前でも家までしっかり帰って布団に入る私には当然の楽勝なのだけれど。
 それにしても、ちょっと遠慮がなさ過ぎたかなと反省はしてみる。

「……よし、反省終わり。シャワー浴びよ」

 一人身の悲しさで身に付いてしまった独り言を呟きながらバスルームへ入る。
 良い酒ってすごいなあ。全然残ってないよ。
 お腹が空いているくらいで、買出しにでも行こうかなと考えつつさっぱりする。

 今日はチキンもケーキも叩き売りになっているだろう商店街。
 毎年ケーキを二十五日に食べる理由は、セコいけれどそれだ。
 ……何か昨夜のお礼とお詫びでもした方がいいんだろうか。
 結局タダ酒タダ飯で気持ちよく帰って来た私って何、という感じだし。

 服を着てコーヒーを淹れたところで突然天井が鳴った。
 棒で突付いたような「コンコンコン」って音。
 な、何。
 ぎょっとして固まっていると、もう一度繰り返して次いで窓を開けるような音。
 はっとしてベランダを勢い付けて開ける。

「さむっ」

 冷えた空気に顔を顰めながら身を乗り出して上を見ると、予想通りに覗き込む笑顔があった。

「カナエさんお早うー。二日酔いしてません?」

 昼間の明るさでその笑顔は眩しいんですけど。
 莫迦な事を思いながらにかっと笑い返す。

「全然。昨日はご馳走さまでした」
「約束覚えてますー?」

 ……はて。
 首を捻った私に、頭上で道篤くんが吹き出している。

「正直だなあ、カナエさん。起きたら一緒に出掛ける約束ですよ。忘れててもいいから用意して下さい。俺、腹ペコです」
「十五分ちょうだいっ」

 咄嗟に云って返事も聞かずに部屋へ駆け込む。
 そんな約束覚えてないけど、酒の上だと笑うには少し嬉しさが強い。
 
 気張り過ぎない服に着替えて軽い化粧をして。
 十五分って短すぎだと自分を呪いだしたけれど何とか間に合わせて玄関を出ると、エレベーターホールに彼はいた。

 壁に寄りかかって腕を組む姿は中々様になっていて。
 こちらを見てふっと緩んだ表情に、不覚にもときめいてしまった。







 商店街の一角、何処にでもあるファーストフードで少し早めの昼食を取る。
 昨日サンタやトナカイになっていた店員は既に普段通りで、けれどテーブルの上にはチキンが乗っていて「メリークリスマス」なんて云って食べ始めた。

「イブって結局前夜祭でしょう。本番は二十五日なんだからいいんですよ」
「……前夜祭にしては呑みすぎでしょう、あれは」

 いや、だからこそか。なんて。
 そんな事を云いつつも、このチェーン店のチキンが好物の私にはこのチョイスがかなり嬉しい。

「今日はクリスマスらしくシャンパンにしますか? ケーキでも買って帰ります?」

 何でこの人、こんなにナチュラルに誘うんだろう。
 このにっこり笑顔で云われると、「そうですね」ってきっと百人が百人答えるに違いない。

「道篤くん、好きな食べ物って何?」
         おでん、かな?」

 少しの沈黙の後出た答えに笑ってしまう。
 悪くはないんだけどね。

「昨日のお礼に何か作るって云ってるの。それじゃあ鍋と同じじゃない」
「え、作ってくれるんですか? 本気?」

 うわ。今、ぶんぶん揺れる尻尾が見えた。しかもすごい満面の笑みで。
 どうしよう、この可愛い生き物。

「作れる物なら。云っておくけど普通の家庭料理しかできないよ」
「いいです、勿論。うわー、玉子焼きとかチャーハンとか? オムライス、ハンバーグ……何作ってくれます?」

        駄目だ、やられた。
 きらっきらの笑顔を前に撃沈です。
 知らなかった。私はこういうタイプに弱かったのか。

「…クリスマスだっつってんのに。玉子焼きならいつでも作ってあげます。ハンバーグにしよっか」

 煮込みハンバーグなら見栄え的にもクリスマス……らしくはないけれど、チャーハンよりはマシでしょう。
 後つまみに何か作ればいいか、なんてプランが頭をぐるぐる廻る。

「じゃあ、デートした後で一緒に買い物に行きましょうね」
       デート」

 思わず反芻したら、道篤くんが不安そうにこちらを見た。
 いや、その顔は反則。
 この人、年上の医者、年上の医者だからっ。

「嫌がってませんから、そんな顔しないで下さい。……嬉しいです」
「よかった」

 ふふっと笑う顔は柔らかくて、何だかこちらが手玉に取られたような気分が少しだけした。

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