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6.

「カナエさん、これ」

 食後のまったりとした空気の中、道篤くんが思い出したように胸ポケットから封筒を出した。

「田舎の弟に頼んでおいたんですけど、良かったら」

 控えめに云うから何事かと思いつつ封筒を受け取る。

「……これ」

 写真、だった。
 森の中の神社で雪が積もっているそこは今の季節なのが当然分かる。
 結構な厚みのある写真はどれも雪の中で、景色だったり動物だったり。
 道篤くんは横から覗きながら、そこは鯉が沢山いる池だとか、アカゲラだとかシマリスだとか教えてくれる。

「わざわざ頼んでくれたんですか?」
「ウチの裏の神社なんです。散歩のついでだと思いますよ」

 ポーッと写真を眺めていたら、道篤くんはくすくすと笑う。
 いや、何かもう胸がいっぱいでどうしよう。

「子どもの頃はここが遊び場でした。ちょっとした林なんですけどね」

 どうしよう、すごく嬉しい。
 写真を頼んでくれた事も、それが道篤くんの子どもの頃の遊び場で、それを見せてくれた事も。

「弟さんにお礼しなきゃね。すごく嬉しい」
「お礼なんていりませんよ。弟にしたらカナエさんに大感謝というところでしょうから」

 どういう事?と聞き返しながら写真を捲っていたら、一枚だけ大きな家の写真が出てきた。
 恐らくは門から撮った写真。
 広い駐車スペースに手入れされた前庭。大きな窓が沢山ある立派なおウチ。

「俺から連絡をするなんて何年振りか分かりませんからね。こういう物を混ぜるなんて、まったく仕方がない奴です」
「ああっ」

 ぴっと私の手からその写真を抜くと、道篤くんは躊躇いもせずに握り潰してしまう。
 ちょっと、実家じゃないの?

「里心をつけようとでも思ったのか、あいつはいつまで経っても諦めてくれない」
「……道篤くん」

 言葉は弟さんに毒づいているようなのに、眉を寄せて辛そうな顔。
 触るべきなのか、迷う。
 言葉も私に向けられているとは云い切れず、いつも柔らかい瞳がとても暗い。
 躊躇う私に気付いたのかその表情をふっと緩めると、道篤くんは何か云おうとして、固まった。

 ……あ、バイブ。

 Gパンのポケットで携帯電話が振動している。
 道篤くんは表情を消して一度表示を見ると、そのまま携帯電話をポケットに押し込んだ。

 弟さん、だよね?
 察する事は簡単で、黙ったままの道篤くんを見る。
 着信拒否もしないのにコールが切れるのを待つ姿は少し痛々しい。
 事情なんて知らないけれど。

「……出たら?」

 びくんと肩を揺らした道篤くんにポケットを目で示して、キッチンへと移動する。
 席を外したところで声は聞こえるんだけどね。
 なるべく気にしていない素振りで洗ってあった食器と布巾を手にする。

 何だろう。
 この前から田舎の話になると様子がおかしかった。
 懐かしそうに話すのに、痛いものに触れるみたいで。

 ……なのに、写真を頼んでくれたんだよねえ。

       ああ、喜んでる。ありがとう」

 話し始めた声で、やっぱり弟さんだったのが分かる。
 ちらりと見た顔は優し気で、弟さんの事を嫌っていたらそんな顔が出来る筈ない。

「……だから、それはもう期待するなって云ってるだろう」

 突然苛立つ声。
 振り向かない事を意識して、皿を拭き続ける。

「お前には悪いと思ってる。頼むから、死んだとでも思って諦めてくれ」

 抑えている声なのに、悲鳴みたいで。
 思わず振り返った先で道篤くんは切ってしまった携帯電話を握って床を見つめていた。
 言葉が見つからないまま隣に膝をつくと、ことりと肩に額が乗せられる。

 ……余計な事だっただろうか。
 電話に出ろと云った事が酷く悔やまれて、でも謝ったら、道篤くんは無理にでも笑っていいえと云うんだろう。

「みっともない所を見せちゃいました。すみません」
「……私こそ、ごめんね」

 俯いたままの背中に触れると、ぎゅうと抱き締められる。

「いえ。この前の電話ではぐらかしたんで、掛けてきたみたいです。俺は逃げてばかりだから」

 聞いていいんだろうか。
 正直云えばすごく気になるけれど、道篤くんが話したくないなら聞くべきじゃない。
 腕の強さを感じながら黙っていると、道篤くんは小さく笑った。

「帰ります。このまま居ると、八つ当たりみたいに酷い事をしちゃいそうだ」
「いいけど」

 何を云っているんだか。
 さらりと云ってやると、道篤くんは喉の奥でくつくつと笑う。

「俺がイヤですよ、そんなの」
「独りで鬱々とするより百倍増しだと思うけど…放っておいて欲しければ、黙ってる」

 こんな泣きそうな人、放っとけない。
 でもそれが余計なお世話では駄目なのも事実。
 背中から手を離した私の肩口で、すうっと深呼吸する音がして腕が緩んだ。

「少しだけ。落ち着いたら多分カナエさんの顔、見たくて堪らなくなりそうです」
「……待ってる」

 柔らかくて温かい唇が頬に触れて、顔を見る前に道篤くんは部屋を出て行った。

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