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9.

 真っ直ぐに向けられる視線に絡め捕られたように動けない。
 言葉もないまま始まった関係だったから、今更のそんなストレートな言葉に緊張しているのか。

「カナエさん?」

 今までずっと一人だった訳でもなく、人並みには付き合いの経験もある。
 好きだと云う言葉だって、そう縁がなかった訳じゃないのに。

 視線を外せないまま固まっていたら、不意に腕を引かれる。
 突然の動きに反応出来ずに、気が付くとすっぽりと腕に包まれていた。

「意外でした? この間云いましたよね、逃がせないって」

 云った。というか、それしか云わずにキスまでしておいて実はその前からなんて。
 しかも、この押しの強さって何。

「可愛い、カナエさん。動揺してます?」

 ……調子にのってる。
 見上げれば道篤くんはにこにこの笑みで。
 負けず嫌いな私としては非常に面白くない。

 緩く巻かれた腕に構わず少し体を離して、わざと道篤くんが私を覗き込むタイミングを外して胸元を掴む。
 ぐいと引き寄せながら噛み付くように唇に食らいつくと、道篤くんの瞳が大きく見開かれた。
 驚いたか。なんて満足しながら、眼鏡って意外と邪魔にならないんだとか考えたりして。

 大きな手が頬を滑る。
 息を吐く間もなく角度を変えられて、頭を後ろから支えられたら既に覆い被さられるように体勢が代わっていた。

 主導権を握りたい訳じゃない。
 腰に回された腕が力強くてそのまま身を任せると、道篤くんは喉の奥で小さく笑った。

「カナエさん、すごい反則。云ってくれないかと思ってドキドキしてたのに」

 ……もう、表情が甘過ぎる。
 かわして焦らしたならどう出るだろうなんて少しだけ思ったけれど、私の方が保たない。

「好きよ。どうかしちゃったみたいに」
「嬉しいです。俺もどうかしそうだな」

 顔を見合わせて小さく笑い合う。
 啄むように顔中にキスされてくすぐったさに身を竦ませると、もう一度ぎゅっと抱き締められた。

「……カナエさん」

 下顎角あたりを音を立てて吸われて、耳の後ろからの声がやけに響く。
 私も道篤くんもあの程度のお酒じゃ酔う筈がないのに、お互いの息が熱い。

 すとんと背中がソファに当たる。
 見上げた道篤くんの瞳が眼鏡の向こうで揺れていて、その熱に眩暈がした。
 その熱はじっと私を見下ろしていて、動き出すタイミングを待っている。
 
       眼鏡、外して」

 我ながら苦し紛れだったか。
 それでもOKの意図はしっかりと伝わったらしい。
 苦笑と一緒にカチャリと音がして、私の手が晒されたそこに導かれる。
 目元に触れるとそのまま横を向いた唇に口付けられた。

「眼鏡、外すとあんまり見えないんですよね」
「……しっかり見られても困る」

 ぼそりと返す間にも悪戯な手がセーターの裾から素肌の上を滑り、ラインをなぞるように何度も往復する。
 何度かピクリと反応すると、ふふっと笑われた。

「敏感。可愛い」
「可愛くない…んっ」

 わざとだ、絶対。
 爽やか青年は何処に行ったのと聞いてやりたいけど、指に反応した場所を唇や舌で攻められて言葉にならない。
 膝が折れて体が縮こまりそうになると、足で挟むように止められる。
 体が動かせないと感覚を逃がせなくて、更に敏感に反応してしまうのに。

 敏感な方だって事はさすがに自分でも知っていたけれど、ここまで速攻で涙目になる程反応した事なんてない。
 ひょっとして経験豊富ですかなんて、聞いたらムードは台無しだろうか。
 
「カナエさん、余裕ですね。何考えてます?」

 ブラの隙間から胸を摘まれて痛みとは違う感覚に肩を震わせると、右の方が弱いんですねなんてキスの合間に囁かれる。
 豹変したように男の顔をして、いや、元から男だけど、確実に攻められてると思わせる空気が尚更、ワンコに見えた事もあった男と同一人物とは思えない。

「よ…ゆうなんて、ある訳っ」
「そうですか? なら、俺の事だけ見て」
       見てる。……つか、道篤くん強気すぎ」

 カプリと右の胸を口に含まれて、その頂を器用に転がす舌と歯にひゃうと間抜けな声を上げる。
 浮き上がった背中を戻す前に、開放感からブラを外されたのが分かった。

「そんな事……あるかな」
「Sッ気あるとか云わないでよ」

 ああ、何処までもムードがない。
 それでも涙目で睨んだ私の言葉は、道篤くんのやる気を削ぐ事は欠片もなかったらしい。
 くすりと笑い声に続いて、至る処で肌を吸う音とくすぐったいような痺れが起こった。

「云いませんよ。カナエさんが音を上げる程優しくします。大事にしますよ」

 顔の正面に戻って来た瞳が真っ直ぐに私を見る。
 近すぎてくらくらとする視線を受け止めると、顔中にキスが降りてくる。
 強気でも、甘いのは変わらない。
 表情も仕草も甘すぎて溶けてしまいそうだった。

 最後に重ねるだけのキスをして、体を離した道篤くんの腕に引かれて体を起こす。
 立ち上がると足元は危なかったけれど、崩れる程じゃない。 
 ふわりと笑う顔に導かれるように足を動かすと、手を繋いだまま隣の部屋に入った途端にまた抱き締められた。
 
 頤を上げられて与えられたキスはそれまでで一番濃厚で、頭の奥がじんじんと痺れ出すまで翻弄される。
 息も唾液もどちらのものか分からないまま、強い腕に支えられされるがままに体を預けた。

「……カナエさん、好きです」
「ん。好き……」

 ぎしりとベッドが少し沈む。
 締め切っていた部屋の空気は少しだけひんやりとしていて、体を包む熱が心地いい。
 ああ、肌って気持ちいい。
 思わず音になってしまったその言葉に、私の首からセーターを抜き取っていた道篤くんが口の端を上げたのが薄闇に見えた。

「もっと気持ちよくしてあげます」
「……一緒に」

 私だけだなんてつまらない。
 もう既に一方的にされるがままなんですけど。
 そんな気分で呟くと、上半身を晒した道篤くんが私を跨ぐように見下ろしてきて、思わず引き締まった胸筋に触れる。
 服を着ていても思ったけど、引き締まり具合がいい。…なんて、痴女っぽいか。

「気持ちいいですよ。カナエさんに触れてるんだから」
「……もっと、なって」
「煽ると後悔しますよ。優しくしたいんですから、黙って」

 ちゅ、っとキスされる間にも、Gパンの感触が足から消えた。
 そこまではしっかりと動きを追っていた。
 道篤くんの指も唇も、舌も歯も、全てが動きだしてあちこちが一度に粟立つような感覚に一気に訳が分からなくなるまでは。

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